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日本食パーティー
 カナダから遊びに来ているホール夫妻。日本食をごちそうすると言っておきながら、ずっと忙しくてそのままになっていたが、ようやく今日パーティーを開くことにした。

 「外国人においしく食べてもらえる日本食を」と考えたメニューは、炊き込みご飯、餃子(水餃子と焼餃子)、お好み焼き、蓮根と人参のきんぴら、ポテトとマカロニのサラダ、ビーツの梅酢和え、抹茶ゼリーwithバニラアイス。プラス、日本人のKさんが煮込みハンバーグを作ってきてくれたので、けっこうにぎやかなメニューになった。

 今日のパーティーは全部で8人。日本のように材料が簡単に手に入らないので、ないものは工夫し、自分で作らないとならない。朝から下ごしらえにかかり、材料を切ったりゆでたり、マヨネーズや餃子のたれなどを作っておく。

 一番手間がかかるのが餃子。夕方にKさんが助っ人に来てくれたので、我が家に滞在中のEくんと二人、皮作りをお願いする。その横でスリヤンガはアンブル・ドダン(グレープフルーツのような柑橘類)を絞り、ジュースを作る。今日のメインのお酒はウォッカなので(ホール夫妻の好み)、このジュースで割ったらおいしいだろうと、買ってきてもらっておいたのだ。

 7時頃になりホール夫妻が到着。いつもなら寝ている時間の美咲も、いつもと違う雰囲気を察してか眠らず、ご機嫌でホール夫妻を迎える。私たちはまだ餃子作り。そうこうするうちに、ドイツ人のピーターやスリランカ人のキンスリー・アイヤも着いたので、急いで料理を盛り付ける。

 餃子をゆでたり焼いたりと、パーティーが始まってからもたびたび席を立ってキッチンに行っていたのでそのときはわからなかったが、後でスリヤンガに聞くとみんなおいしいと食べてくれたようす。口に合ったようで良かった。

 「食べられない人続出かも」と、ダメもとで作ってみた抹茶ゼリーも意外や意外、とても好評で、普段緑茶は飲めないスリヤンガ、キンスリー・アイヤもおいしいと食べていた。ゼリー自体に甘みをつけたのと、バニラアイスと一緒というのが良かったみたい。

 気のおけないメンバーで過ごす時間はあっという間。23時近くになってお開きになった。次にホール夫妻が来るのが2年後。「そのときにはまた家族が増えているかもね♪」なんて言われたが、本当に2年後私たちの生活はどうなっているだろう? 1年先だとあまり変わらない気がするけど、2年となると大きな変化があってもおかしくない。再会して、その間のことを報告し合うのを楽しみとしよう!

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初!ピアス
 普通スリランカでは女の子が生まれると、生後3ヶ月くらいでピアスの穴を開ける。痛みもなにもわからないから、早いほうがいいよと言われたが、耳たぶが小さすぎる気がしてそのままにしていた。スリランカ人は、ピアスをつけているか、いないかによって、男の子か女の子が判断するみたいで、ピアスがまだの美咲は、女の子らしい洋服を着せていても、決まって「息子?」と聞かれていた。

 乾季に入ったし、そろそろいいだろうと、例のごとくホロスコープを見てもらう。それによって穴を開ける時間は、今日の午前9時47分と決まった。

 スリヤンガが数日前にドクターのところに行って話をしてきているので、10分前に着けばいいという。シャワーを浴び、額にドットをつけて、ヒッカドゥワ駅前のクリニックに向かう。

 待っている患者さんがたくさんいたが、こういう場合は優先らしい。時間ぴったりにドクターが穴を開ける。私は日本のように、ホッチキスのような穴あけ器でするものと思っていたので、ドクターがピアスを耳にあて、手でそのままプスッと開けたのには驚いた。もちろん美咲は大泣き。

9-1-28美咲ピアス2

 消毒をしてもらった後は、頭に白い布を巻いてクリニックを出る。これは開けた直後のピアスを人に見られるのはよくないため。その後3日間は、家族以外には見せてはだめなので、人目があるときには布で隠さないといけない。

 美咲は泣いたので疲れたのか、帰りのトゥクトゥクの中でぐったり。この日はアンマやターッタだけでなく、外塀作りの職人さんも来ていたので、ピアスを見せないため、美咲は部屋の中で1日遊ばせる。

 これで必要な儀式はひと通り終わったので安心。美咲、お疲れさま! 

9-1-28美咲ピアス 9-1-28美咲ピアス3

左:帰りのトゥクトゥクでぐったりの美咲
右:すっかり穴あけのときの痛さも忘れ、ご機嫌の美咲。ピアスは3日間、他人には見せてはダメなので、外に出るときはこのスタイル




外塀作り
 なかなか木が見つからず、1年近く中断していた外塀作りが今日スタートした。

 我が家の右隣は空き地、その奥は水田と、緑が広がるきれいな景色なので、ダイニングルームから見えるようにと外塀をブロックではなく、柵にした。この柵の部分、一番簡単なのはセメント細工なのだが、私の希望で2階のバルコニーと同じようにキトゥルの木を使って作ってもらうようにした。

 キトゥル(和名:くじゃく椰子)は、カルドを食べるときにかける蜜(キトゥル・パニ)が採れるヤシの一種で、幹はとても堅くて、水に強い。そして重い。雨が当たるバルコニーや外の柵には最適な木材だが、堅すぎて加工が難しく、大工さんたちが嫌がるので、一般的な木材としては使われていない。でも、我が家の担当大工はスリヤンガの友人で、家族同様の間柄なので、無理を言って作ってもらうことになった。

 ところが、木材にするための木がなかなか集まらない。なるべくコストを抑えるため、友人知人に頼み、土地に生えているキトゥルを譲ってもらい、木を切り倒して木材を集めていたが、必要なキトゥルは35本! 全部揃うまで半年以上かかったという次第。

 すでに木材はきれいに加工してあるので、今日の作業はボルトでつなげていくだけ。この調子だと明日で終わりそう。柵が終われば、ようやく残っていた外塀のしっくり塗りを終わらせることができる。天気の良い乾季の間に、ペイントまで終わらせられるといいなあ。

 家を作り始めてすでに4年目。まだ完成とはいえず、「ほぼ完成に近づきある」状態。一生かかって家を作り上げるスリランカでのことなので、のんびりやっていきたいと思っている。

9-1-27外塀作り

ドリルで穴をあけ、セメントを流し込んだり、釘で取り付けていく。
一番左がガーミンダイヤ。我が家の木材の加工は、家具も含みすべて彼の手による


01/27. 00:00 [ 家作り ] CM0. TB0 . TOP ▲
青空とコウモリ
 最初、空を飛んでいく姿を見たときには、まさかコウモリだとは思わなかった。時間は午前8時過ぎ。

 青空が広がり、その中を悠々と大コウモリの群れが飛んでいく。ビーチで夜遊びして、内陸の森へ朝帰りという感じだろうか(笑)。

 コウモリって太陽に弱いと思ってたが、けっこう強い日差しでも、普通に飛べるんだ…。

9-1-23こうもり 9-1-23こうもり2
 写真左:一見、鳥のようだが、よく見ると… 写真右:青空をはばたく大コウモリ

01/23. 00:00 [ 自然 ] CM2. TB0 . TOP ▲
初!ご飯
 ドクターから「離乳食」のお許しが出て早3週間。私たちが食事をしたりお茶をしていると、じっとそのようすを見つめ、口をもぐもぐさせていた美咲。しかし、スリランカでは勝手にあげ始めるわけにはいかない。ホロスコープを見てもらい、良い日時を選んでもらう。それが今日の午前9時33分。

 もちろん最初にあげるのはお米。赤米を水分たっぷりに柔らかく炊き裏ごしして準備はOK。スリヤンガはブッダにお供えする白い花を摘み、オイルランプとお香の用意をする。

 9時半近くになって、まずお供えをするお花に両手を添え合掌。写真上のように、美咲もちゃんと手を添えている。その後、家にまつってある仏像に、お花とオイルランプ、お香をお供えし、3人で手を合わせる。

 そして9時33分。南を向き、美咲に最初のご飯ひとさじを食べさせる。「待ってました!」といわんばかりに口を大きく開け、たちまちごっくん。初めてとは思えない食べっぷり。予想はしていたが、なんでも食べそうな感じなので安心。

 これからどんどん離乳食を進めていこうと思っているが、注意しないとならないのが、「誰か他人が来ているときに、赤ちゃんに食べさせてはいけないということ」。なぜなら、「あの子はよく食べる」「あの子は全然食べない」というようなことを言われることによって、赤ちゃんに悪影響があると考えるからだそう。

 まあ、私はまったく気にしないんだけど、スリヤンガ特にスリヤンガの両親が心配するので気をつけるようにするとしよう。

9-1-21初めてのご飯 9-1-21初めてのご飯2
 写真左:お供えするお花に手を添える   写真右:初めてとは思えない食べっぷり!

美咲のパスポート申請
 去年の8月終わりに、コロンボの日本大使館に出生届を出し、すっかり安心していた私。そろそろパスポートを作っておこうと、先月母親に美咲の戸籍謄本を取り寄せてもらうと、まだ戸籍に載っていないことが判明した。

 出生届を提出したときには、「1ヶ月後には戸籍に載りますので…」と聞いていた。すでに4ヶ月経過。これはおかしいと、すぐに大使館に電話した。

 すると、大使館からはすぐに日本の外務省に送ってあるという。確認してもらうと、「外務省の担当者が『住所』の確認中のため、手続きが遅れていた」という。『住所』の確認とは、美咲が生まれた病院の住所が、どれが町名で、番地かわからなかったらしい。

 というか、病院はゴールのど真ん中。ゴールは南部でマータラと並ぶ大きい町だし、残りの住所は通りの名前と番地だけ。なにを確認中だったというのか。

 しかも、もしわからないのなら、在スリランカ日本大使館に問い合わせをするべきだし、それでもわからないなら私に連絡すればいい。4ヶ月も放置しておいて、今更住所を確認中と言われても…。まったくこれじゃスリランカの役所と変わらないじゃないか。

 さすがに、その後はすぐに処理をしてくれたようで、12月下旬には手続きが完了していた。しかし、運悪く母親が体調を崩し年内には取りにいけず、年明けすぐに送ってもらい、ようやく昨日、我が家に美咲の戸籍謄本が届いたのだった。

 パスポート申請に必要なのは、申請書(5年)、写真(3.5×4.5・背景が白)1枚、戸籍謄本1部、パスポートの名前の表記を非ヘボン式にする場合は出生証明書。

 スリランカの証明書用の写真は、背景が青や赤などの濃い色が多いが、白い背景のものが必要。また、普通パスポートのローマ字名はヘボン式なので、例えば美咲は、「MISAKIRANDOURA]となってしまう。これを出生届どおりにするには、非ヘボンにしてもらうために申請書を提出する必要がある。このときに出生証明書が必要。これで「MISAKI RANDULA」と、本来のスペルにすることができる(スペースも可)。

 パスポートのできあがりは3日後。ただ注意しないといけないのは、あくまでも申請者は美咲なので、いくらサインなどは親が代理で行っても、取りに行くときは本人を連れて行かなければならないこと。またコロンボまで行くのは大変だが、仕方がない。

9-1-13パスポート写真パスポート用の写真は我が家で撮影。
白い壁なので、どこでもOKだが、
真正面を向いて動かず笑わずという
写真はなかなか難しい。
美咲は「もう疲れたよ!」という感じ…


 ≫パスポート申請についての詳細は在スリランカ日本国大使館まで


やっぱりでかい、重い!
 昨日我が家に来た、スッダの奥さんの友人が連れてきた息子。聞けば美咲の3日前、6月7日生まれだという。こんなに誕生日が近い子に会うのは初めて! しかし、スリランカではごくごく標準サイズの男の子に比べ、美咲は優に1.5倍の体つき。肉付きが明らかに違う。

 男の子を抱かせてもらうと、「う~軽い!」。普段美咲に慣れているだけに、フワッとしてて片手で楽々という感じ。代わりに美咲を抱いたお母さん、思わず小さな声で「お、重い…」とつぶやくのを私は聞き逃さなかった。余裕で1キロ以上重いはず。そりゃずっしりきただろう。

 写真だと、美咲を抱いたスリヤンガ後ろに立っているので、子どもたちの大きさの違いがわかりずらいが、その差は歴然。最近背が伸びてきて、以前に比べるとほっそりしてきたと思っていたが、とんでもない思い違いだとわかった。

9-1-10美咲と同い年
 肩なんか叩いちゃって、態度もでかい美咲。
 彼のほうがお兄ちゃんだから…


スッダ家出
 友人のワサンタから、スッダが家出をしたという電話があった。スッダはスリヤンガより年上で、9歳の息子もいるれっきとした家庭持ち。なのに、家出。理由はよくわからないが、どうも奥さんとけんかして家を飛び出したらしい。

 奥さんが家出ならともかく、旦那さんが家を飛び出すなんて、思わず笑ってしまうけど、意外にスリランカではよくあること。ちなみに我が家にも数年前、ポロンナルワ(バスで片道8~10時間かかる)から友人が家出してきて、1週間ほど我が家に居候していたことがあった。

 実はスッダが家を飛び出した日、スリヤンガの携帯にスッダから着信があった。が、そのときスリヤンガは芝生を刈り中。きっとスッダは我が家に来たかったのだろうに、そのままになってしまっていた。

 今日で家出3日目。もしかして自殺してしまったのではないかと、奥さんや兄弟は警察にも捜索届けを出し、必死で探しているらしい。

 そして、お昼ごろ。ふらっとスッダがやって来た。昼食を食べながら話を聞いたところ、奥さんとの口論で思わず家を飛び出したが、しばらく散歩して帰るつもりだったのに、ちょうどバスが来たので乗ってしまったらしい。

 ゴールまでのバスに揺られている間、せっかくだからカタラガマまで行こうと思い立ち、そのままバスを乗り継いでカタラガマまで行ってきたという。

 ちなみにカタラガマは、どの宗教のスリランカ人からも信仰を集めていて、どんな願いごとでもかなえてくれるというパワフルな神さま。でも、ゴールからはバスで片道5時間あまり。勢いで行くような距離じゃないんだけどなあ。

 結局カタラガマに着いたのは夜になってしまったので、その日はバススタンドで夜を明かし、朝のプージャ(祈願するための儀式)に参列し、またバスを乗り継いで帰ってきた。でもそのまま家に戻るわけにもいかず、知り合いのお寺を頼って、2晩泊めてもらったらしい。

 そして我が家。家に帰りたいけど帰れないので、なんとかスリヤンガに間に入ってもらい、うまく奥さんと仲直りしたいんだそう。そこでスリヤンガが電話をし、夕方奥さんに我が家まで来てもらうことにした。

 安心したのか、シャワーを浴びぐっすり昼寝をするスッダ。しばらくすると、ワサンタのトゥクトゥクがやって来た。スリヤンガは「奥さんだけ」と言ってあったのに、なぜかその後にバイクが数台。気付けば、奥さんと息子、奥さんの友人と息子、スッダの兄、弟、友人3人が来ている。

 まったく!そんなにおおげさにするから、本人が余計帰りにくくなるんじゃない!と思ったが、スリヤンガがうまく奥さんに説明し、二人をとりなす。奥さんは怒るどころか、本気で心配していたので、仲直りはスムーズにいった。

 後からスリヤンガが、「まるでテレビドラマみたいだったね」と笑っていたが、本当にそんな感じ。まあまあ、丸くおさまって良かった。もう家出なんかしちゃだめだよ、スッダ!

突然の来客
 新年早々、友人Tくんからメールがあった。彼の友人がスリランカを旅行するので、家に泊めてあげてとのこと。「いいよ」とTくんに返事をすると、友人のSさんからメールがあって、今日の午後スリランカに到着するという。空港からそのまま我が家に向かうとのことなので、夕食時に着くだろうと食事の用意をしておいた。

 18時頃、空港のタクシーで到着。スリヤンガはしょっちゅう空港にお客様を迎えに行っているので、空港待ちのドライバーとは顔なじみ。そのドライバーも知っている人だったらしい。我が家周辺は、夜になるとわかりにくい道だが、すんなり到着して安心した。

 日本人女性Sさんとフランス人のご主人は、北フランスに住んでいて、この数ヶ月インド~スリランカ~日本と旅をする予定だそう。ご夫婦で長期旅行なんてうらやましい。ひさしぶりにインドの話を聞いて、私も行きたくなった。私が最後にインドに行った6、7年前に比べると、北だけでなく南インドも大きく変化しているらしい。美咲がもっと大きくなって、免疫力がついたら、連れて行きたいと思っている。

 夕食後、ちょっと仕事を片付けて、眠る前に美咲におっぱいをあげていると携帯電話が鳴った。午前0時半。日本からの電話番号。誰だろう?と出てみると、1月17日からホームステイを予約していたEさん。今夜スリランカに到着し、コロンボ市内のゲストハウスを予約してあったが、タクシーで向かったところ、すでにゲートが閉まり、電話しても出ないので困っているとのこと。

 深夜だと普通のゲストハウスは難しいので、今晩だけ24時間レセプションが開いている中・高型ホテルに泊まってはどうかとアドバイスすると、可能ならヒッカドゥワに向かってどこかに泊まりたいという。

 でもその時間からだと、ヒッカドゥワ到着は早朝3時過ぎ。飛び込みでホテルやゲストハウスに泊まるのは難しい。ともかく我が家に来てもらうことにし、大急ぎで部屋を用意する。

 そんなこんなで、突然2組のゲストが泊まることになった。お正月から入れ替わり立ち替わり、いろんな人が我が家に泊まりにきている。今年もにぎやかな一年になりそう。

美咲とおじいちゃん
 最初はおっかなびっくりという感じだったターッタも、すっかり美咲の世話にも慣れたよう。それもそのはず、スリヤンガがツアーで出かけるたびに、アンマとターッタが家に来てくれるので、12月はほとんど一緒。

 私とアンマは、掃除をしたり食事の用意をしているので、必然的にターッタが美咲を見ることになる。といっても、ターッタはアンマのように、美咲に話しかけるわけでもなく、抱っこするわけでもない。じっと見守っている。

 美咲はそれで安心するのか、一人で楽しそうに遊んでいる。最近はっきり好き嫌いの自己主張をするようになった美咲だが、おじいちゃんは大好きなのだ。

9-1-3美咲とおじいちゃん
 おじいちゃんに見守られる美咲


あけましておめでとうございます
 スリランカでの生活も6年目を迎え、今年は娘も一緒に新年を迎えることができました。

 去年はすべきことに追われてしまって、あっという間に過ぎてしまったので、余裕ができるだろう今年は、子育てはもちろん、新しいことにもチャレンジしたいと思っています。

 2009年が皆さまにとって良い年でありますように。そして、スリランカをはじめ、世界に平和がおとずれますように。

 どうぞ今年もよろしくお願いします。

9-1-1
 今年もスリランカに遊びに来てくださいね


  
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