ポソン・ポヤデー
 今日は、スリランカに仏教が伝わったのを記念する大事なポヤ・デー。とにかく穏やかで、ひっそりと静かな一日。日が陰るのを待って、お寺参りに行くことにする。

 まずはお参りの準備。シャワーを浴びて白い服に着替え、お供え用の花を摘む。花を水でぬらしてビニール袋に入れ、お香とココナツオイルを持っていく。

 スリランカのお寺には必ず、仏舎利がおさめられている仏塔、本尊にあたる仏像、菩提樹があり、参拝者はそれぞれにお参りをする。まずは花を供える。注意すべき点は、もし花を落としてしまったときは、そのままにしておくこと。地面に落ちた花のを拾って供えるのはNG。花を供えた後、ランプに持ってきたオイルを注ぎ、お香をお供えして終了。

 ここは私の家からさらに1キロほど内陸に入ったところにあるお寺で、夕方になると老若男女を問わずたくさんの人でにぎわっている。10代、20代の男の子たちが花を持ってお参りに来るようすを見ると、さすがスリランカと感心してしまう。

7-6-30ポソンポヤデー
 夕暮れどきの境内。これから満月が上ってくる

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まずは結婚式
 友人のお姉さんの結婚式に出席するため、朝7時過ぎに家を出る。今日は結婚式とお葬式が重なったので、余計天気が心配だったが、とてもいいお天気で安心する。

 結婚式会場は、ヒッカドゥワから内陸に向かって、小高い丘を上ったり下ったりして1時間ちょっとのところにある。まずはスリヤンガの実家に行き、サリーに着替えてから結婚式に向かう。

 いつもは、スリヤンガの友人の結婚式ということもあって新郎主催の、2日目に行われるホームカミング・パーティーに出席することが多いのだが、今日は友人のお姉さんなので、新婦主催のポールワー・セレモニーを見ることができた。

 普通、新婦は1日目のポールワー・セレモニーはインディアン・スタイル、2日目のホームカミングはキャンディアン・スタイルでサリーを着ることが多く、新郎は中のシャツの色をサリーの色に合わせるだけで、両日ともスーツという人が多い。

 しかし今日は、新郎の恰幅がいいからか、珍しく新郎新婦ともにキャンディアン・スタイルの衣装だった。金糸の刺繍がちりばめられ、ごっつい上着と帽子をかぶった新郎は新婦よりも目立っていて、会場のどこにいてもすぐに目に付く。

 ただ、新郎はいくら目立ってもいい。本日の主役なのだから。でも、かわいそうなのはGrooms man(花婿の付き添い人)。写真撮影のときにしか呼ばれないのに、新郎と同じ衣装を着せられている。どこか所在なさげでポツンとしている姿を見て、新郎じゃないのにあの姿でいるのはきっと恥ずかしいのだろうなと思った。 

 本当は、ひとりでポツンとしていた花婿の付き添い人の写真を撮りたかったが、あまりにも不憫なので、Pageboy(花婿に付き添う男の子)にポーズを取ってもらった。

7-6-28結婚式

 子どもだと、キャンディアン・スタイルでもかわいい。


お坊さんの葬儀
 結婚式会場で急ぎでランチを食べ、早めに失礼して、スリヤンガの実家に戻った。葬儀に出席するため、正装の色である白い服に着替える。3時前に葬儀会場に着いたが、すでに式は始まっていた。
 雨だったらどうするつもりだったかわからないが、会場は学校の校庭。中央に棺が置かれ、その正面にはずらっとお坊さんが座っている。その数、3、4百人。緋色が目にまぶしい。そのすぐ前には、特別席として親族が地面にマットを敷き座って話を聞いている。

 そして、その周りをぐるっと取り囲むように、一般の参列者が立っている。式が始まったのが2時過ぎ。まだ日が高く、かなり暑い。でも皆立ったままお坊さんたちの話を聞いている。私たちもその中に入った。

 1時間半経過。お坊さんたちへの飲み物を用意する場所では、知り合いのおばさん達が働いていたので、ジュースをもらってのどをうるおす。そしてその後1時間経過。まだ話は続いている。ずっと立ちっぱなしなのでさすがに足が疲れてくる。しかしスリランカの人はえらい。こんな暑さの中で、皆立ったままじっとお坊さんたちの話に耳を傾けている。私なんて、ほんの1時間ほどのお経と法話でも、早く終わらないかなと思ってしまうことがあるのに。

 「そろそろ火葬の時間?」と聞くと、「まだまだ」との答え。するとアンマが、一度家に戻って紅茶を飲んでこようと言ってくれる。家までは歩いて数分の距離なので、林の中を近道して家に向かう。

 ささっと紅茶を飲んで、再び会場に戻る。そして6時を過ぎようやくお話が終わった。いよいよ出棺となる。棺から火葬する場所まではほんの数十メートル。棺が通る道筋に白い布が敷かれ、ドラムと笛の音が響く中、お坊さんたちの手によって棺が運ばれた。弟子だったのだろうか。10代の若いお坊さんが大泣きしている。そして皆が合掌する中、火がつけられた。私も皆と一緒に手を合わせ、成仏を願った。

 葬儀への参列者は5、6千人。式の時間は4時間半。「なるべく簡素に」という遺言を考慮してもこの規模とは驚き。というか、話が長すぎ。生前の功績をたたえるにしても、もうちょっと簡潔にすればいいのに。お年寄りも含めて、参列者が立ったままなのを考えれば、せめて半分の時間にすべきだと思う。

7-6-28葬式1 7-6-28葬式3

7-6-28葬式2 
 写真左:棺を火葬する場所まで運ぶ
 写真右:火葬する場所までは白い布をひく
 写真下:棺をおさめ点火する




葬儀の準備
 いくらお坊さんの葬儀といっても、小さな村のお寺だしと思っていたらとんでもなかった。参列者は1万人くらいになるだろうと聞いて驚いた。このお坊さんは人当たりがよく、頼まれればダーナ(食事の接待)やピリット・チャンティ(ご祈祷)も快く引き受けていたため、地域の人にも人気があったらしい。

 葬儀の実行委員には政治家や地元の有力者たちも加わり、イスやテントなどの設備は役所のを借り、電気も無料でいくらでも使っていいとの許可がおりた。

 今日だけで、すでに地方から50人を超えるお坊さんが到着しているという。これから2晩、夜を徹して交代でお経をあげる。そして夜の弔問客のために、深夜眠気覚ましのコーヒーを出したり、お菓子をだしたりすることも必要。

 今日は夜7時すぎから会議が開かれるのでスリヤンガは遅くなるからとその前に帰ってきたが、まだまだ明日も大変そうだ。

老師の死
 昨日スリヤンガがお見舞いに行ったお坊さんが、今朝6時頃亡くなったとの電話があった。70を過ぎていることを考えれば寿命と言えるだろう。でも、私たちが日本に行く前にも、「近くに用事があったから」と我が家に立ち寄り紅茶を飲んで帰ったことを思い出すと、「とてもお元気そうだったのに…」と残念に思う。

 スリヤンガにとっては、小さい頃お寺の日曜学校で仏教を教えてくれた先生でもある。実家から歩いて数分の場所にお寺があることもあって、とても身近なお坊さんで、仏教だけでなくいろいろなことを習った師であるという。

 スリヤンガがガイドになり、「子どもの時習ったことを基礎にして、日本人旅行者に仏教を説明している」と伝えたときには、本当に嬉しそうだった。日本からの老眼鏡のプレゼントにもとても喜んでいた。私たちの結婚式のときには、お坊さんは結婚式に出席できないので、アンマに*ケーキだけ持ってきてくれるよう頼んでいたという。

 電話を受けて、スリヤンガはすぐに実家に戻った。葬儀に向けて、いろいろな準備をしなければならない。

 まずは遺体をゴールの病院に運び、エンバミング(防腐処置)してもらう。そして、お坊さんが最初にいたお寺がゴール近くにあるので、まずはそこに遺体を運ぶ。運ぶといっても、棺をトラクターにのせ、その前後に50台以上の車、バイク、トゥクトゥクが並び行列を作って移動するので大変だ。お坊さんの死は、個人の場合以上に公共性が高くなり、地域社会に知らせる必要があるし、葬儀は皆で受け持つ。

 とりあえずこの日は、一斉に関係者に死去を知らせ、夕方有志が集まり会議をして葬儀の日どりと役割分担を決めた。遺書に、葬儀はなるべく簡素に済ませるようにと書いてあったので、あまり日にちをあけずに葬儀は28日と決まった。通常、お坊さんだと1週間後くらいに行うらしい。

 とにかくやるべきことは多い。まず寺院内を掃き清め、遺体を安置する場所を飾りつけ用意し、弔問客の接待の準備する。また、死亡通知のポスターを貼ったり、お寺までの道のりに葬儀があることを知らせる旗を取り付けたりする。火葬する場所の前にゲートを作り、火葬場所を設置する作業も必要。

 これから、全国各地からお坊さんたちが数十人単位でやって来るし、そうなると滞在中の食事やお茶の接待もかなりの負担となる。今日は村の若者たちのほとんどが仕事でコロンボなど遠方に行っていて戻ってこれず、手が足りず大変だったらしい。葬儀まではバタバタしそうだ。

*結婚式に出席してくれた人やその家族に、ドライフルーツがぎっしり入った日持ちのする、ひと口サイズのケーキを配る習慣がある

太陽パワー
 ここずっと荒れ模様の天気が続いていて、空はどんより曇り、時々ザーと雨が降って涼しいどころか肌寒いくらいだった。夜になると風が強くなって、周りの木々がヒューヒューうなりながら揺れていて、「隣の土地のココヤシがもし倒れたら我が家は半壊だね」なんて冗談にならない冗談を言っていたほどだった。

 毎日そんな天気の中にいると、私たちまでどんよりしてくる。なんだか気分も晴れないし、風邪も良くならない気がしていた。

 そして今日。朝からすがすがしい青空が広がっている。本当に気持ちいい。深呼吸すると空気が軽やかで、「今日一日頑張るぞ!」というエネルギーがわいてくる。その横でクロスケも、水たまりのない庭を楽しそうに走っている。

 この機会を逃すまいと、ベッドシーツやタオルなどたまっていた洗濯物を洗い、床もモップをかけてきれいにした。スリヤンガは、お世話になったお坊さんが病気なのでお見舞いに行ってしまい留守。掃除は私一人でやったので、終わる頃にはヘトヘトになったが、きれいになると気持ちがいい。

 今日はけっこう暑かったので、冷たいものが飲みたくなったが我慢する。日本で体調を崩してから、スリヤンガを見習ってずっとお湯を飲んでいるので、これからも冷たい水は飲むのはやめよう決めたのだ。まだ声は本調子ではないが、今日の太陽パワーでだいぶ回復したような気がする。

スリヤンガの鼻歌
 スリランカに帰ってきて1週間。こちらの生活をすっかり取り戻し、日本が過去のものになりつつある今日この頃。

 ふと気がつくとスリヤンガが鼻歌をうたっている。なんだか聞いたことがあるような妙に頭に残る感じ。でも曲名がわからない。

 なんだろう、なんだろうと思っていたら、ハタと気がついた。日本滞在中にテレビで聞いた「ムーディ勝山」の歌だ。「チャッチャチャラッチャ~♪」と、ちょっとスリヤンガ風のアレンジにはなっているけど、確かにあのメロディー。しかもよく聞いていると「右から~左へ~♪」と、ちゃんと歌詞もうたっている。

 一度聞いてしまうと、もう頭の中はムーディ勝山の世界。「お願い、やめて」と頼んでも、スリヤンガはすっかり気に入ったらしく、ずっと口ずさんでいる。しかし、私もスリヤンガも2回くらいしか聞いていないのに、こんなに頭に残っているとは恐るべしムーディ勝山。しばらくこのメロディーが頭を離れなそうでこわい…。

宴会1
 お酒を日本から持って帰ってくることは泣く泣くあきらめた私たちだが、ちゃんとスリランカ空港でDuty Freeのお酒を買った。スリランカはお酒、タバコがやたらと高い。輸入物は日本より高い値段がついていたりする。

 今回、家族や親戚、友人・知人に買ったお土産は甘いお菓子ばかりだが、お酒好きの人にはお酒を用意した。といってもボトルごとあげるのではない。すごくスリランカ的だと思うのだが、「お酒を飲みに来てください」と家に招待するのだ。

 今日はその第一弾目。スリヤンガの古くからの友達でもあり、我が社のメインドライバーとして働いてもらっているラーライヤ、マヒンダイヤ、あとトゥクトゥクドライバーのアソーカイヤを招待した。18時頃到着し、おもむろに宴会が始まった。

 適当につまみを作り出しつつ、夕食の準備をする。スリランカ人は、お酒はお酒で少量のつまみと一緒に飲み、飲み終わったらしっかり食事をする。日本人のようにつまみで済ませてしまうことはない。当然、ちゃんとお腹にたまるものを用意しなくてはならない。

 この日は、我が家に滞在中のMさん、私たちと遊びに来ていたチャミンダマッリを合わせて、7人分の食事が必要。なるべく簡単に済ませるため、フライド・ルードル(塩コショウ味の焼きそば)とフィッシュカレーを作る。

 21時過ぎ、ようやくお酒のボトルが空になりディナータイムとなった。あっという間に完食し、宴会が終了。私は作るのと片付けがメインで、ほとんど飲んでないけどとりあえず第一弾が終わってほっとした。

日本で買ったもの
 スリランカの湿気に包まれ、一気に回復したスリヤンガ。来る人来る人に、実に楽しそうに日本のようすを話している。方や私は食欲はあるものの、咳が止まらずまだ声が出ない。

 日本では数種類の薬をのんでいたが、スリランカでは自然の治癒力に頼ることにする。まずは塩を入れた温水でうがいをする。食事は(アーユルヴェーダ的に)冷たい食材を避け、お湯を飲む。火であぶったショウガをミリスガラ(スパイスを砕く石の器具)で潰し、ハチミツをつけながら食べる。そして夜はコーラセレスマーワ・オイルを胸からのどにかけて丁寧に塗りこみ眠る。数日後の効果に期待。

 ところで、日本に行くときに、20キロ近くの紅茶と5キロの米、ココナツパウダー、スパイス類などを持っていった。ほとんどが日本で消費するものなので、帰りは楽勝だと高をくくっていたら、チェックインの際の荷物が二人で78キロ!本当はもっと本を買って帰ろうと思っていたのだから、とんでもない見当違い。

 仕方なく、アルコール類をあきらめ、見送りにきてくれた家族に持って帰ってもらうことにした。あ~あ、絶対にスリランカでは手に入らないおいしいワインも買っておいたのに残念。こんなことなら日本で飲んじゃえば良かった…。

 多少の重量オーバーは大目にみてもらい、追加料金を払うことなく無事乗ることができた。

 今回、日本で購入し持って帰ってきたものをあげると…ぺティナイフ(野菜を切るのに欠かせない)、レモン絞り器(レモンじゃなくアンブル・ドダンというグレープフルーツのような果物のジュースを作るため)、ハンガー(スリランカ人はあまり使わないからかスリランカではえらく高い)、印刷用ハガキ用紙(少なくともゴールでは手に入らない)、スケジュール帳のリフィール用紙…と生活感あふれる品々ばかり。

 中でも手に入れて一番嬉しかったのは、「ランドリー・リング」。友人からプレゼントされたのだが、なんとこの直径10センチほどのリングを洗濯機に入れて普通に洗濯するだけで汚れが落ちてしまうという優れもの。妹がすでに使っていて、日本滞在中に一緒に洗ってもらっていたのだが、洗剤を使わないで普通に汚れが落ちるのに驚き、自分で買おうかなと思っていたところだったので本当に嬉しかった。

 スリランカの洗剤は溶けが悪くて、いつも衣類に洗剤が残っているようで気持ち悪かったし、なにより洗剤水を流すことが気になっていたので、まさに一石二鳥。しかも洗剤を使うより色あせもしにくい。我が家は井戸水なのでリングがふたつ必要だが、半永久的に使えることを考えればとても経済的でもある。

 石鹸や洗剤メーカーのCMを失うことを恐れてか、テレビでは宣伝されてないようだが、とってもおすすめな一品。スリランカだけでなく日本でも是非お試しあれ!

帰国のご報告
 昨夜日本から帰国した。家族や友人たちにも「大丈夫?」と心配された過密スケジュール。滞在後1週間、疲れも出たのだろう。気候の涼しさというより、冷房と乾燥でのどをやられ、スリヤンガがダウン。熱を出し、声が出なくなった。

 やむを得ず予定をキャンセルし、数日間妹宅で過ごした。スリヤンガが楽しみにしていた関西方面への旅行も日数を短くした。スリヤンガがなんとか回復した頃、今度は私がダウン。スリヤンガの咳でうつされ、まったく同じ症状。声まで出なくなった。

 昨夜のフライトでは、乾燥した機内とあって二人そろってマスクで搭乗。お湯をもらって飲みながら過ごした。

 そして今日、まだ声が出ない。日本に持っていくのを忘れたコッタマリ(コリアンダー)の煎じ薬を飲み、声枯れに効くという、たたいてつぶしたショウガを食べて回復を待っている。


●日本であたたかく私たちを迎えてくれた皆さま
 本当にありがとうございました。スリヤンガ共々とても楽しく過ごすことができました。
 次回はもっと余裕をもったスケジュールで行きますので、今回お会いできなかった方々、是非その時にお会いしましょう。
 引き続き、この「ひとこと日記」でスリランカ生活をご報告していきますので、これからもよろしくお願いします。