ついにぶっ倒れる
 7月後半からこのお盆までは、まさに怒涛のごとく駆け抜けた感じ。昼間は娘の世話と来客の相手に追われ、夜ようやく娘が寝るとたまった仕事を片付けるという一日。「娘が寝たら一緒にお昼寝」どころの騒ぎではなく、夜中まで寝られない日が続いた。

 とどめは7月30日からのヒッカドゥワ・フェスタ。なんとスリヤンガが、以前働いていたレストランの助っ人に呼ばれ、一日中不在。それこそ自分のお茶をいれて飲む暇もない状態が数日間つづいた。「そろそろやばいなあ」と思っていたら、案の定8月5日にぶっ倒れた。

 この日もスリヤンガは留守。昼すぎ、娘をお風呂に入れて、簡単な昼食を済ませると体がぞくぞくする。すぐにスリヤンガの携帯に電話をいれ、「熱が出そうだからすぐ帰ってきて」と伝える。私の風邪のパターンであるのどはなんともないし、セキも鼻水もでてない。多分極度の疲れからきたのだろう。

 ともかく、娘の寝ているベッドの隣に横たわるが、寒くてガタガタする。布にくるまるが一向に温かくならない。足が冷たくて、隣の部屋まで靴下を取りに行きたいのにそれもままならない。熱をはかってみると39度5分。37度を超えるだけでふらふらするほど熱に弱い私には限界に近い。

 「早くスリヤンガよ帰って来い」と願うが、いっこうに帰ってこない。しかし娘は何か感じたのだろうか。いつもなら「抱っこして」とぐずぐず言うのに、この日はおっぱいだけ飲んでいい子にしている。ようやく5時近くになってスリヤンガが帰宅。すぐに煎じ薬を作ってもらう。

 熱のため座るのがやっとの状態で、娘が重くて抱っこすることができず、クッションを重ねてその上に娘を寝かせて、やっとの思いで授乳する。このあたり、あまり記憶がない。おむつ替えはスリヤンガに任せる。

 夜中を過ぎて、ようやく汗が出て熱がちょっとひいて体が楽になった。と思ったら、今度はスリヤンガが頭が痛いと言い出す。おでこを触ると熱い。熱があるらしい。この日はスリヤンガに助けてもらおうと思ったのに、「なんで一緒に具合が悪くなる!」と腹が立ったが仕方がない。私以上に熱に弱いスリヤンガは完全にダウンしたまま。結局私ひとりで娘を世話することになる。

 翌日、アンマにSOSを出してすぐに来てもらい、二人してクリニックに行って薬をもらってきた。この薬がきいたのか、何もしないで寝てたのがよかったのか、すぐに熱は下がった。

 今後気をつけなければ。やっぱり年なのね。無理はできない。

ああ忙しい!
 想像以上に育児は大変。夜中はしっかり2〜3時間寝てくれるので私も一応睡眠をとっているが、娘は朝と夕方寝ない。おっぱいを飲んでもしっかり起きている。ただベッドに寝転んでいてくれればいいのだが、そばにいないと泣いて呼ぶ。しかも起きているとすぐにお腹が空くらしく、しょっちゅうおっぱいを飲ませないとならない。

 でも、育児だけならいい。自分のペースで仕事と家事をうまくやれば、スリヤンガの協力もあるのでなんとかなる。ただ来客、しかも突然の食事時の来客は、せめてこの時期だけはなんとかしてほしい。もうアンマは帰ってしまったので、私ひとりで食事を用意しなければならない。

 それでなくても、娘が産まれたことで親戚や友人、知人がひっきりなしにやってくるので、そのたびに相手をし、お菓子と紅茶を出さなければならない。もちろん、「お祝い」で来るのはわかっているが、なるべくこちらの迷惑にならないようにという配慮はないのだろうかと思ってしまう。

 バスに乗ってくる距離であれば、当然食事を用意しなければならないし、午前11時過ぎくらいに来たら昼食を誘わないと失礼になる。突然来たのであれば食事の準備はしてないことはわかるし、産後1ヵ月半といえば私が疲れているだろうことも想像できるだろう。

 でもこういうときでも、昼食を誘うとスリランカ人は断らない。いや一応最初は断っても、「いやいや食べていってよ」と再度誘うと(それが礼儀)、「じゃあ」と本当に食べていく。数人で来れば洗い物だってけっこうな量。お客が帰るとぐったりと疲れてしまう。

 結婚のとき以来の来客の嵐に、かなり体力を消耗中。もうトシなんだから、産後は無理しちゃだめだと、何人もの友人に言われているのに…。

サーカス、再び!
 去年の7月4日の日記に書いたサーカスが今年もまたやってきている。場所はティラーナガマ・ジャンクション近くの空き地。今日通ったらまだテントを建て始めたところで、17日のエサラ・ポヤデーの日が初日。1週間くらいの予定。

 私は残念ながら娘がいるから見に行けないが、もしヒッカドゥワにお泊りで興味があるかたはご覧あれ!地元の人と一緒に楽しむ素朴なサーカスです。

*ティラーナガマ・ジャンクション…我が家から800mくらいのゴールロード沿いのジャンクション。ヒッカドゥワのジャンクションからだと、ゴール方面に3キロくらいいったところ。

あ、暑い!
 なんだかとても蒸し暑い日がつづいている。特に今は、授乳のため夜中に数回起きなくてはならないので余計こたえる。眠りからさめたばかりの娘は湯たんぽのようなあつさで、抱っこしているだけで汗が出てくる。

 母乳の出がよくなるからと、連日ジャックフルーツやココナツを使った料理を山盛り食べさせられ、暑さと寝不足もあって体が*ピッタにかたむき気味。体調がよくない。汗をかくと皮膚がぴりぴりする。

 すぐに食事をいつもどおりのメニューに変えてもらい、ピッタを高めるジャックフルーツなどの食材を控え、朝からキングココナツを数個飲む。これを数日続けたらだいぶ調子が良くなった。

 それにしてもこんな時は、「栄養ないからダメ!」って怒られそうだけど、冷たいおそばが食べたいなあ。と言いつつ、本当は生ビールが飲みたい…。

*ピッタ…アーユルヴェーダの要素のひとつ。熱性をもつ。

8-7-5クロスケ
久しぶりの登場クロスケ!(本文とは関係ありません)


晴れた! 
 この1週間というもの、ずっと雨で天気が悪かった。南西部のカルタラやゴール、ラトゥナプラなどでは土砂崩れで人が亡くなったり、川があふれ床上浸水などの被害がでている。幸いヒッカドゥワは水があふれる被害は出ていないが、ずっと洗濯ができなくて困っていた。

 ようやく今日、久しぶりに朝から晴れ間が広がった。私たちの洗濯ももちろんだが、子どもの布おむつや肌着がまだパックに入った状態だったので、全部取り出し洗うことにした。1回では洗いきらず、2回目の洗濯機を回し始めたところ、さっきまで青空だったのに怪しい雲行きに。

 あわてて干してあった洗濯物を取り入れると、ザーッと雨が降り出した。その後2時間雨は降り続き、ようやく2時過ぎになって雨があがった。その時点で、最初の洗濯物はまだ生乾き。強烈な西日を期待したが、パッとは晴れなかった。

 そのまま一晩置いておくとくさくなってしまいそうなので、アイロンをかけることにする。新生児用の肌着って本当に小さい。「こんな大きさなんだね」とスリヤンガと話しながらのアイロンがけは、けっこう楽しかった。

夫婦別室
 とうとうスリヤンガが風邪をひいた。原因は一晩中まわっているファン。私が妊娠末期になってからひどい暑がりになって、ファンなしでは眠れなくなってしまった。もともと私とは明らかに体感温度が違う(ヌワラエリヤに行くのにニット帽を持っていくほど寒がり)スリヤンガなので、夜中のファンは寒すぎたのだろう。

 そこで別々の部屋に寝ることにしたのだが、これがとっても快適。気兼ねなくファンを強くできるし、遅くまで電気をつけて本を読んでいられるし、何よりベッドが広くていい。スリヤンガが隣で寝ていると、近くに湯たんぽがあるみたいで暑苦しかったが、それもなくなったし。

 スリヤンガの風邪は、病院に行くほどではないけど、のどが痛いらしく、声もちょっと変。完全に治るまではもう少し時間がかかりそう。というわけで、もうしばらく夫婦別室はつづく。出産までの1ヶ月間、もうこのまま別室でいいのになあと密かに思っている。

ウェサック祭
 今日は仏教徒にとって、一年で一番大事な満月の日。ブッダの生誕、成道(さとりを得ること)、涅槃を祝うウェサック・ポヤデー。我が家も仏旗をかかげ、ランタンをつるして準備をする。

 ウェサックは夜のお祭りで、寺院だけでなく、普通の家でも、色鮮やかな電飾やランタン、キャンドルを灯して、ライトアップする。今年は私たちの住む界隈で、オイルランプを灯そうということになった。

 ランプのスタンドとなるのはバナナの茎。そこにココヤシの葉を丸く差し込んで、素焼きのランプポットを置けるようにする。野に生えている素材で、サッと作ってしまうのには感心させられる。

 暗くなり始める夕方6時半すぎ、みんなで手分けして火を灯す。いつもは夜になると真っ暗になる道が、オイルランプの柔らかい光で彩られてとてもきれい。

 ローシーナンギーに誘われ、近所を散歩することに。ほんの数百mの距離だが、道沿いにオイルランプが灯り、家々がライトアップされていて、スリヤンガと3人でのんびり歩く。こんなそぞろ歩きが楽しい。

 ポヤ・デーは雨が降ることが多いので、お天気が心配だったが、今年はきれいに晴れた。もちろん空にはきれいな満月が光っていた。

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 写真左:暗くなったころにランプを灯す
 写真右:ランプスタンドはバナナの茎。そこに素焼きのランプポットを置き、
 ココナツオイルを注いで火を灯す



来客の多い連休
 この週末は、月・火とウェサック祭の祝日にあたるので4連休。先月のお正月休みにできなかった挨拶まわりをかねて、家々を訪問する人も多い。

 私たちの家にも次々と親戚や友人家族が訪ねてきた。しかも毎度のことながら、突然来る人も多いので、するつもりだった予定が丸つぶれ。お茶を出したり、昼食の用意に追われることになった。

 体が重くなったせいか、やはりいつもより疲れやすいので、食事の用意は無理をしないことに。珍しがって、たいてい喜んで食べてもらえるパスタが、こんなときの定番メニュー。とっても簡単だし。

 今日はチーズをたっぷり入れて、マカロニ・グラタンを作った。具はチキン、ポテト、ほうれん草とゆで卵。ミルクのせいか、スリランカの人には甘く感じるようなので、黒コショウをたっぷり入れる。

 これに焼きたてのパンを添えれば、見た目もごちそうっぽく見える。「日本食か?」と聞かれると困るが、「日本人もよく食べるよ」と答えれば間違いではないだろう。本当にいつもパスタ料理には助けられている。

ココヤシ1本を切るのに1年…
 のどに刺さった小骨がとれたようにすっきりした。ようやく倒れそうなココヤシを切ることができた。

 実は1年くらい前から、隣の空き地に生えているココヤシが気になっていた。そこは雨が少しでも降ると、どろどろになってしまうようなゆるい地盤。私たちの家からほんの数メートルのところに1本ひょろ長いココヤシがあった。

 それが、風が吹くとワッサワッサと揺れる。空き地の向こう側は水田になので、木も何も生えていない。つまり風が吹くとさえぎるものがなく、ダイレクトにこちら側に吹き抜けてくる。もしココヤシが倒れることがあれば、間違いなく我が家に直撃するだろう。

 隣の空き地のオーナーは私たちの裏手に住んでいて、よく知っているご近所さん。最初は立ち話程度に、「木が倒れそうで危ないから切ってもらえないかしら?」という感じで話したがいっこうに切るそぶりを見せないので、ちょうど1年くらい前に正式にお願いという形で家を訪ねた。

 「了解!了解!」という愛想のいいことばが返ってきたので安心してたら、1ヶ月たってもそのままの状態。スリヤンガがもう一度話しに行くと、「倒れないように他の木に針金で結ぶから」と言われる。はっきりいって、同じようなゆるい地盤に生えている木に結んでも無理(しかも周囲にその危ない木よりも大きな木はない)。というか、倒れるときは2本まとめて倒れてくるはず。

 ほとんど実をつけない木なのに、どうして切るのがいやなんだろう。木自体にそんなに価値はないし、切るためのお金は私たちが払うと言っているのに。疑問に思ってスリヤンガに聞くと、「プライドだよ。他人に言われてそれに応じるのがイヤなだけだよ」とのこと。

 このオーナー。昔はこのあたりの地主で、一番のお金持ち。今は土地は多少持っているもののごく普通の家だが、プライドは捨てきれないらしく、近所の人とは付き合わない(相手にしない)という態度をとっている。しかし、我が家は別で、外国人だからか最初から愛想がよく、よく庭で取れたフルーツを持ってきてくれたりとおつき合いをしていた。それが今回の件で態度が一変。気に障ったらしい。

 しかし、万が一ココヤシが倒れてきたら、家が壊れるだけでなく、私たちの命も危ない。もう話し合いでは無理と判断して、昨年の9月にヒッカドゥワの市役所に手続きに行った。日本だったら民事訴訟になるのだろうか。スリランカでは裁判所に持ち込む前に、市役所で取り扱ってくれる。

 必要な書類を提出すると、数週間して担当者がココヤシのようすを見に来た。確かに危ないと判断され、市役所から「1ヶ月以内に木を切るよう」という手紙が、私たちとオーナーのもとに届いた。

 しかし、約束の期日を過ぎても切るようすがない。再び市役所に出向き、その旨の書類を書いて提出した。また数週間すぎて、同じような内容の手紙が届いた。すると、オーナーが針金で他の木に結びつけた。その場で、「それじゃあ倒れるのは防げないから切ってくれ」と言ったが、「これで大丈夫だよ」と聞き耳もたず。

 その後オーナーは市役所に「針金で補強したから大丈夫」という書類を出したらしく、私たちにも市役所からその通知がきた。仕方なくもう一度市役所に行き、「それでも不十分だから」と、再度見に来てくれるよう頼み書類を提出した。

 数週間して、前回と違う担当者が見に来た。やはり危ないと判断され、市役所から「1ヶ月以内に切るように」という手紙が届いた。しかし、また約束の期日を過ぎても切るようすがない。一応、強制の効力がある正式な手紙なので、オーナーが無視する場合、市役所を通じて警察官を派遣してもらい、その立会いのもと私たちが切ることができる。

 そろそろ無理にでも切ろうと思っていたところ、市役所からまた手紙が届いた。見ると今までの内容と変わり、針金で補強してあるのでそのままで大丈夫と書いてある。おかしい。

 一度針金で補強したあとのようすを見に来てもらい、その後切るようにとの手紙が来ているのに、なぜいきなり変わるのか。しかも市役所からの手紙だが、今までやり取りしていたものとフォームが違う。

 市役所に行って事情を聞くと、どうやらオーナーの友達が市役所にいるらしく、その人を通じて裏工作をしたらしい。なんて汚い!と腹が立つがスリランカではよくあること。自分に都合のよいコネクションを持っているもの勝ちなのだ。

 しかしそんなことで引き下がる私たちではない。それなら私たちも自分たちのコネクションを使うまで。本当は直接市長に会って話ができればよかったが、ちょうど東部地区の選挙前でトリンコマリーにしばらく行って留守とのこと。

 市役所はとりあえず置いておいて、ヒッカドゥワの警察署に行き、事情を説明して書類を作ってもらう。ただこれだけだと、いつ警察官が見に来てくれるかわからないので、友達のゴール署長に電話してヒッカドゥワに連絡してもらう。

 上からの命令だと早い。その日に警察官が来てココヤシをチェックし、オーナーのところに話に行った。この場合、法的な強制力はないが、圧力をかけることはできる。それでダメでも、後は市長が帰ってきてから話をしようと思っていたら、急に数日前オーナーが木を切ってもいいと言い出した。ただしお金が欲しいと。

 一応彼らの木を切るのだから、木を私たちが買うという形にしてお金を払うのはかまわないと伝え、相場の値段を言った。しかし、それでは足りないという。本来、市役所からの通知では木どころか切るのもオーナー側の負担になる。それを私たちが木を切り、しかも木の分のお金も払うと譲歩しているのに、なんてせこいんだろう。結局私たちは言い値をゆずらず、オーナーは家族と話してみると言って帰っていった。

 そして今日。いきなりオーナーが手配した人が木を切り倒した。お金はいらないということらしい。オーナーの屈折した心はわかりかねるが、良かった良かった。これでどんなに風が強い日でも安心して眠れる。しかしたかがココヤシ1本切るのに1年かかるとは。これで裁判沙汰になったらどれくらいの時間とお金を浪費するのだろう…。

8-5-14ココヤシ切る
 先に葉を落としてから斧で切る

ねんきん特別便がとどく
 ニュースで見るたびに「大変だなあ」とは思いながら、他人ごとだった私。なんとなくもっと上の世代が対象となっている気がしていて、私には関係ないと思っていた。ところが、私宛に「ねんきん特別便」が届いたと妹から連絡があった。

 4年前にスリランカに移住する際に、海外への転出届を出してきたが、社会保険庁からの書類は、以前の住所に送られたらしい。私の場合は妹が同じ住所に住んでいるので問題なく届いたが、もし引き払っていたらどうなるのだろう。

 とにかく妹にはそのままこちらに転送するように頼み、今日ようやく手元に届いたのだった。

 宙に浮いている5000万件の年金記録の中に、私と結びつく可能性のある記録があるので、確認してくれとのこと。年金記録を見ると、20代前半に勤めていた会社で入っていた厚生年金がすっぽり抜け落ちている。

 返信は同封の返信用封筒に、追加、変更箇所を記入し送り返すようになっている。社会保険庁では、もう一度調査、確認をしてデーターの統合をするとのこと。まあ私の場合はスリランカに永住予定なので、必要ないかもしれないけど、手続きだけはしっかりしておこうと思う。